月夜の契り*7*

月夜の契り*7*


キョーコが幼い頃に出会った年上の男の子。
とっても綺麗な顔立ちで優しくて、いつも柔らかい微笑みを浮かべて話を聞いてくれていた。
ある日、キョーコが木登りしていた木から落ちて気を失った。そして少しして目が醒ますと、足に出来た擦り傷にその男の子が口を付けていた。

満足そうに持ち上がったその顔は、この世の物とは思えないほどの恐ろしい顔立ちだった。
口の周りはべっとりと血で汚れ、目は真っ赤な血の色に染まって恍惚の表情を浮かべていたのだ。

思わず驚いて後退りしたキョーコは、その男の子を全力で拒絶した上に、力一杯化け物呼ばわりしてしまった。

その時から、あの男の子はキョーコの前に姿を現わすことがなくなった。

『コーン〜〜!!!!えぐっ…酷いこと言って、ごめんなさい〜〜!!ヒック…またコーンに会いだいよ〜〜!!!!』

近くにいる気がして、いつも一緒に遊んでいた森に行っては、泣きながらコーンに謝っていたが、キョーコの前にコーンが再び現れることはなかった。

そして、あの日から一週間後の深夜。

『ごめんね…。キョーコちゃん…今までありがとう…』

ふと誰かが話しかけてくれた気配を感じて目を醒ましたが、部屋には誰の姿もなく、ただ風が頰を撫でていた。
窓は閉めていたはずなのに、何故か開いている。
そして手のひらを開くとそこには見たことがないほど綺麗な石が握らされていた。

『うわぁーー!!綺麗〜!!』

思わずその石に気を取られて一気にメルヘンの世界へ飛び立った幼いキョーコは、それ以上何も考えることができなかった。


それからはごく稀に時々深夜に人の気配を感じていた。

ーーーズ、ズズズ、ズズズ…

夢の世界を漂いながら、何故かあの日の音が耳の奥に響く。
傷口の血を吸われたあの日と同じ音。
それと同時に全身を駆け抜けるようなゾクゾクとした感覚も。
だけどそれは夢現の狭間での出来事。

ふっと目覚めた時には、風が頰を一撫でして、静かに窓が閉まる音がするだけだ。

年に一度か二度だったその訪問は、やがて半年に一度か二度と、頻度が増して行った。
最近では3日に一度か二度とかなりの頻度になっている。
だが、夜更かしをして寝付けない日や、勉強している時、狸寝入りをしている日は現れないため、しっかりと寝なければその人に会うことは叶わない。

いつの間にかその人が来てくれる日を心待ちにしている自分がいた。
自分の血を吸っているかもしれない人を待ち侘びる自分もどうかと思うが、恋をしてしまったのだから仕方がない。

血を吸っては、毎度囁かれる謝罪の言葉と、心に語りかけるような愛の言葉。また来るという言葉に期待が募る。

会いたいがあまり、身に付いてしまった特殊能力。
眠りにつきながらも、研ぎ澄ませていた感覚のおかげで、頻度が増したここ一年くらいはもう血を吸われる前に、気合を入れれば起き上がることもできるかもしれないほどその人の訪問には敏感になっていた。
見なくても気配でわかる。そんな感じだ。
だけど、起き上がったりしなかったのは、目を開けたその瞬間、その人がまた自分の前から姿を消してしまうと思ったから。

その人がヴァンパイアだと気付いていることがバレたら、もう二度と会えなくなる気がした。

少しでも可愛く見て欲しくて、寝るときだけはリップを欠かさなくなったのは、半年ほど前から。

初めてつけた時は、驚いた反応があった上に、初めて唇についと親指を走らされた感触がして胸が熱くなった。

『ごめん。ごめんね…。』

血を吸った後必ず囁かれる謝罪の言葉。

そしてここ数年それにプラスして付け加えられるようになった愛の言葉。

『キョーコ…愛してる。』

去り際に名残惜しげに手を握られ、切ない声で囁かれる約束の言葉。

『また来るよ。』

そして仕上げの儀式のように送られる手の甲へのキスもキョーコがリップをつけ始めたころから足されたものだ。

優しい声の響きにいつだって愛が満ちていた。
いつかこのまま攫ってくれるのではないかとそんな日を密かにずっと夢みてた。

もしも、彼が目覚めのキスをしてくれたなら…そうどこかで願っていた。


目の前にいるこの人は、キョーコの目を真っ直ぐに覗き込んでこう言った。

『俺は…俺たちは、ヴァンパイアなんだ…!』

クオンの意を決した告白をきいて、キョーコは驚いた目でクオンを見上げた。

重い緊迫した空気が流れる。

瞬きを繰り返しながらクオンを見れば、クオンはまるで審判の結果を待つ罪人のように、目をそらし下を向いて硬い顔をしていた。

「わ、たし…」

キョーコが言葉を発すると、ビクッと揺れた大きな身体。
とても大切な秘密を打ち明けてもらえた嬉しさにドキドキとキョーコの心臓の動きが早まる。

「知ってました…。」

「「「…え?!」」」

キョーコの爆弾発言に、三人は驚き目を見張った。

「なっ?!え?!なんで…」

クオンは驚いて、キョーコの顔を慌てて覗き込んだ。
キョーコもクオンを真っ直ぐに見つめ返した。

クオンは自分でキョーコにヴァンパイアだと名乗ったことは一度もない。
幼い頃にキョーコの傷口の血を吸ったところを見られはしたが、今コーンとしてキョーコから普通に受け入れられているので、あの日のことは、傷口を消毒する為に舐めただけと思ってくれたのではないかと都合良く考えていた。

「何となく。そうなのかな?ってずっと思ってたの。あの最後の日のコーンの様子もずっと気になってた。そして日中に現れなくなって、夜中の寝てるときに音もなく現れたりするのが不思議で…。時々血を吸われてる感覚もあったし、それで、中学校ぐらいの時に、何かでヴァンパイアの話を読んだ時に腑に落ちたの。あぁ、コーンはもしかしたら…」

「ヴァンパイアかもしれないと…?」

「…うん。」

クオンは不安で声が低く沈む。

「怖くない?」

「え?」

「俺がそうなのだとわかっていたなら、キョーコは、怖くないの?俺のこと…。」

不安で声が少し震えてしまった。
キョーコはキョトンとして目を瞬かせ、そしてうーんと首を捻った。

「勿論初めてその考えに至ったときは少し怖かった…かな?でも、今は怖くはない。」

「なんで?だってヴァンパイアだよ?」

「…私ね、友達いないの。」

「…え?」

「母からも疎まれてて、大好きだった幼馴染からも相手にされなくて、いつも一人ぼっち。…自分の存在意義がわからなかった。」

寂しそうなキョーコの声が耐えられなくて、クオンはキョーコの頭を抱きしめた。
キョーコはクオンの腕のぬくもりに身を任せてふふふと嬉しそうに笑う。

「でも、コーンがいてくれた。自分の血がこの人には必要なんだ。この人から自分は必要とされてるんだ。そう思うことが私の存在意義になった。」

「そんなの…」

クオンは唇を噛み締めた。そんなことがキョーコの存在意義だなんて、まるでキョーコに流れる血にしか存在意義がないと自分が定義付けたみたいで、何だか心がもやもやする。

「でもそれだけじゃないのよ。ちゃんとコーンが優しい人だってこと知ってるもの。」

そう当然のことのように口にしたキョーコの言葉に、クオンは目を見開いた。

「…え?」

「コーンはいつも私に優しかった。いつも…今回もそう。貴方は私を怖がらせないように、一度も血を吸おうとしなかった。ベッドの中でも、お風呂の時も、本当は吸いたいの我慢してたんでしょう?」

「ッ!!」

クオンは驚いて、目を丸々と見開いた。

「気付いて…?」

「ふふ。やっぱりね。そうかな?って思ってたの。」

くすくすとキョーコは笑った。
クオンも、ヤシロもカナエも、そんなキョーコを驚きの表情で見つめる。

「だから、怖くないの。コーンが、貴方が何者でも。」

クオンは顔をぐしゃりと崩して、今にも泣きそうな顔で微笑んだ。

「キョーコ…」

キョーコは少し恥ずかしそうに頰を染めると、もじもじしながら顔を俯かせた。

「えっと、先生…だったのには勿論、驚いたけど、でも、あの時の先生からのキスもビックリしただけで嫌じゃなかったから、コーンが敦賀先生って聞いて、何だか納得できたかも。なんて…えへへ。」

クオンはそんなキョーコのレア級保存版にしたいくらいの超絶な可愛さに、目を見開いて無表情で固まった。

ーーーあぁ!!今ここに誰もいなければっ!!

今すぐキョーコをどうにかしてしまいたい衝動に駆られていたクオンだが、正面で腕組みをして監視しているらしい二人をチラリと伺って、キョーコの髪を撫でるだけに何とか留める。

「キョーコ、ありがとう。そんな風に言ってもらえて安心したよ。すごく嬉しい。」

「ううん。あ、俺たちってことは、社先生や、モー子さんもヴァンパイアなの?」

「あぁ。ヤシロとの付き合いはもう7年になるかな。ヤシロは俺が15になった時から仕えてくれてる優秀なヴァンパイアでね。主に俺の護衛とサポート役として影で活躍してくれてるんだ。」

「あ、そういえば、陛下って…」

「俺の家は代々ヴァンパイア王族でね。そこにヤシロが俺付きで仕えてくれるようになったわけ。俺が高校の教師をするって言い出したから、ヤシロも巻き込まれる形で教師をしてくれてる。」

「そう…なんですね。」

「そしてキョーコがモー子さんってあだ名をつけたカナエは、元人間だったんだけど、ヤシロに見初められてね。今はヤシロを支える妻として、二年前から立派なヴァンパイアをやってくれてるよ。今はこの家の家事は殆どカナエが一人でやってくれてる。」

「え…元人間…?」

「うん。俺たちヴァンパイアはパートナーとして選んだ人間を同じヴァンパイアにすることが出来るんだ。長い年月一生を共に添い遂げる為に。」

「そんなことが…」

キョーコとそんな話をしているうちに、クオンの心には一切の迷いもなくなった。
やはり長い年月を共に添い遂げる相手はキョーコしかいないという確信がしっかり育っていた。

クオンはにっこりとキョーコに微笑んだ。

「さて、ここでキョーコに問題です。」

「へ?」

「俺が今最もパートナーにしたいと考えている女性は誰でしょう?」

「ふぇ?!」

「ヒント1、今俺の腕の中にいます!」

そう言いながらクオンはキョーコをギュウっと抱き締めた。

「んな?!もう、それ殆ど答え…!」

そしてクオンは、ヤシロとカナエにチラリと目配せした。

「ヒント2、これから俺はその人に口付けします。」

そう言って、キョーコの顎を持ち上げると、クオンはキョーコの唇に己の唇を重ねた。
ヤシロとカナエは、口付けをするからむこう向けというクオンからの目配せを受けて、やれやれと2人に背中を向ける。

「ぁふ…」

ギュウギュウき抱き締められながら、舌を絡められて、キョーコは驚きながらもクオンの首にしがみ付いた。
歯の一本一本を舌で撫でながら、口腔を全て探るように潜り込む。
唇同士を戯れるように触れあわせて、食べるように貪って、キョーコもそれに必死で答えた。

「ふ…ふむぐっ…」

酸素が足りなくなるほどの激しいキスに、キョーコも目を回し始めた。

「ちょ、陛下!!その辺にっ!!」

「クオン、やり過ぎ!」

キスの時間が長過ぎて、伺うように振り返ったヤシロとカナエがキョーコの様子にギョッとして慌てた声を発したので、クオンが驚いてキョーコの唇を解放すれば、キョーコはグッタリとクオンの身体に倒れ掛かった。
ポゥッと頰を染めているキョーコは熱に浮かされたまま、荒い呼吸を繰り返す。
そんなキョーコをクオンは愛おしげに抱き締める。

「ヒントその3、可愛すぎて俺の我慢がきかない。もうどうしても手放せそうにありません。」

そういうクオンに、キョーコは何を思ったのか、ぼうっとした顔のまま軽く頭を持ち上げて、目の前にあるクオンの頰に自らちゅっと可愛く口付けた。
不意にキョーコから与えられた柔らかな感触にクオンは丸々と目を見開く。
そしてキョーコはその身をクオンに預けると、スゥッと目を閉じ、呑気に夢の世界へ旅立っていった。
残されたクオンは、あまりのショックに驚いて固まっていた。

「あーこれは…」

「あの子…只者じゃないわね。」

「やられた…/////」

カァァと顔を真っ赤にして照れてるクオンなど、滅多に見れるものではないと、ヤシロとカナエはまじまじと目を見張ったのだった。



「しかし、今のをキョーコの是ととって良いものか…」

「なーに弱気になってるんですか!陛下。手放す勇気もないくせに。」

「そうだぞ〜!善は急げだ!早速今宵、パートナーの儀式をして契りを交わせばいいだろう。」

キョーコを抱きしめて困惑しているクオンの前では、クオンの寝室がヤシロとカナエの手によって、今宵の儀式に向けて飾り付けられていた。
パートナーの儀式は月夜の儀式、月明かりを浴びながら、契りを交わすため、窓を開けてその月の光の元にベッドを移動させる必要があるのだ。月の位置を計算してベットを配置する。

「そんなまだキョーコの気持ちも…」

「そんな悠長なこと言ってていいのか?キョーコちゃんへ掛けられた呪い…あれはかなり強力だ。人間の体ではひとたまりも無いだろうが、ヴァンパイアの体ならまだ見込みはある。」

「まぁそうだけど…。」

「それにずっと好きだったって言われたんですよね?陛下もこの子も難しく考えすぎなんじゃないですか?」

「………」

「とりあえず、目覚めたら今度はちゃんとプロポーズすること。そして必ずYESを貰ってください。」

「カナエ、君は元人間だろう?だったら迷いとか葛藤とかあったんじゃ…。」

弱気なクオンを見て、カナエはふぅ〜と深いため息をつくと、作業の手を止め、冷たい声で問いかけた。

「だったら陛下は、その子を幸せにする自信がないと、そう仰るんですか?」

その言葉に驚いて、心外だとクオンは声を荒らげる。

「な?!そんな訳ないだろう!!世界中の誰よりもキョーコを幸せにしてみせる!!」

その言葉を聞くと、カナエは安心したように艶やかに微笑んだ。

「そのお気持ちがあれば大丈夫ですよ、陛下。葛藤や今ある問題なんて、小さなものです。それを全て吹き飛ばすおつもりで、その子を守ってあげたら、その子は充分幸せになれるんじゃないですか?」

「カナエのいうとおりだぞ、クオン!お前が幸せにしてやればいいんだ!」

「それに、昨日満月でしたよね!」

「あぁ、満月の前後3日間は月の加護があるからな。キョーコちゃんと切れない絆で結ばれる。」

カナエやヤシロに背中を押されたクオンは、改めてちゃんとプロポーズをしようと思った。
サプライズでキョーコが喜ぶシチュエーションでプロポーズを…でもその前にデートもしたいよなぁ〜。
さて、どんなプロポーズにしようかとクオンは愛しい温もりを抱きしめたまま考えを巡らせるのだった。


(続く)

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*****

さーて。次回の投稿へも少し時間が空くかもです!

そんなことより、スキビ新刊読みました!
キョーコちゃんかっこいい〜♡

※※あ、ネタバレ…とまで書いてないつもりですが、念のため、ネタバレ嫌な方は、ここまでで、お引き取りくださいませ。※※

キョーコちゃん、もうあのままスカッとやっちゃって!!掻っ攫おうぜ!!って感じですね!!
しかしまーーー、散々あるページの中で蓮様…出番そこ?!
しかもそんなシーンいらないよーーーー!!と思うところですが、…うん。いやいや、きっとこれがまた2人の愛が深まるキッカケになってくれるんですね!!何てったってあの彼は2人の愛のキューピッドですもの!!←そう思うことにしたのです!

蓮様キョーコちゃんを前にするとあの写真思い出してキレちゃって、クオンの時みたいにハッチャケてくれないかな〜♪♪♪

あまりにも蓮キョ要素が少なかったので、思わず巻数後戻りして、クオンとの南国再開シーンから読み始めちゃいました( *´艸`)
お陰でテンションだだ上がり↗︎↗︎↗︎

何度見てもニヤニヤするー!!何度見てもドキドキする〜!!ともう、最高でございます!
ご馳走様です。

しかしまー。読み返して見て思ったけど、キョーコ母の「私に子供はおりません」の時の、ルトさん…!!寧ろ、ショーさんにはお2人の様子を見せつけて差し上げた方がよかったのでは?!?!
なんて思いますけども…!まぁルトさんがショーの性格丸わかりしてるわけでないので、やっぱりあそこは保険のため…追い返したのでしょうね!
くぅー!!残念!!
もっとバレないように隠れときなさいよ!!バカショーーー!なーんて、突っ込みたくなります。

いや〜♡もう、キョーコちゃんがクオンだと勘違いして抱きつくシーンはもう…、心の痛みや切なさと、萌えでキュンキュンギュンギュンしまくりですね。
あーほんと。最高です!!蓮様(クオン様)の前でしか泣けないキョーコちゃん!!それ自信持っていいとこですからね!蓮様!!

敦賀蓮をガッチガチに固めてますからそこの鎖をキョーコちゃんがどう解いてくれるのか♪
蓮様の鎖もだんだん解けてはきてるんですけどね〜!
まだまだなのかな?
まだまだ魅せてくれるのかな?2人の両片想い♡

次の蓮キョ接触はいつになるのか…( *´艸`)
オーディション現場に現れたりしないかなぁ〜♪
そして一日できた蓮様のお休みで、ホワイトデーのお返しデート希望♡


そんな風月の心のつぶやきでございます。
あー♡吐き出せてすっきり♪♪♪

今日も最後までお読みいただきありがとうございます((*´∀`*))
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月夜の契り*6*

久々の通常記事でのアップです!
限定読まなくても、何となく繋げて読めるように書いたつもりです。
説明文ばかり入れても回りくどいかな?と結構端折ったので、わかりにくかったらごめんなさい〜!


*****


月夜の契り*6*


「クーオーンー!!お前〜!!説明してくれるよなぁぁぁ?!」

ヤシロは、怒りと焦りが混ざったような形容しがたい形相でクオンの胸ぐらを掴んでグラグラと揺らしていた。

「いや…これは…その…とにかく落ち着こう。ヤシロ。」

キョーコが怖がらないように、しっかりと手を繋いで背中に庇ったまま、クオンはヤシロから目を逸らす。

キョーコはオロオロと、クオンとヤシロを不安そうに見比べていた。

「求婚もしてないのにキョーコちゃ…いや、最上さんに手を出した挙句、大事なことは話してない!?何してんだよ!!話が違うだろう〜?!?!」

「いや、本当、悪い。ついウッカリしてた…」

クオンが本気で申し訳なさそうな顔をするので、ヤシロはまだ怒りが収まらないながらも、クオンの胸ぐらから手を離した。

「ったく…お兄ちゃんはガッカリだよ。」

昨夜クオンは、ヤシロやカナエと話し合いをして、キョーコに恐怖を思い出す時間をなるべく与えないようにするため、キョーコがレイノからかけられた呪いについては伏せることで話は纏まった。
なのでヤシロにとってクオンがそれを話していないことは特に問題ではない。

ヤシロが確認したいのは、その後の話し合いで決まったことをどこまでクオンがキョーコに話をしたのかということだった。

先ほどキョーコは、何故ここに社先生が?と心底困惑しながら聞いてきたため、ヤシロは何も話してないのではとクオンを問い詰めているのだ。

話し合いでは、キョーコが目覚めたらまず、己の正体がヴァンパイアであることと、教師の敦賀蓮としてキョーコをずっと見守っていたことを素直に打ち明け、ヤシロたちのことも仲間だと話をした上で、悪い奴らからキョーコが狙われているので、キョーコを保護するため、ここに暫く住んでもらうことになることを説明。その上で、キョーコにはちゃんと求婚をしてヴァンパイアの契りを交わし、キョーコを恐怖の呪いから救うために愛の呪いをかけるという約束だった。

「それで?最上さんには、どこからどこまで説明したんだ?!」

「………えぇっと…」

クオンがさっと目を逸らしたので、ヤシロはしばらくジト目でクオンを睨みつけた後、追求の標的をキョーコに変えた。

「驚かせてごめんね〜!最上さん。ちょっと聞いておきたいんだけど、最上さんはこいつから何を説明されたのかな…?」

にこやかな微笑みを浮かべていつもの社先生を演じながら、生徒であるキョーコに問いかける。

「え…?えっと…。昔出逢ったコーンだってことと、時々夜に会いに来てくれてたことと、あとは…えっと…。あ、ワニのケチャップを飼ってることも…」

「…………」

ヤシロはにっこりと笑顔のまま次の言葉を待ったが、キョーコからはそれ以上ないようで困ったようにオロオロとしているだけだ。

「…それだけかな?この家のこととか、俺たちのこととかは…?」

「…えぇっと…あ!そういえば!ワニの他にも、蛇や虫がここに沢山住んでるってことも…聞き、ました…」

キョーコがなんとかクオンのために記憶を探って絞り出したが、出てきたのはそれだけだった。
キョーコの言葉を聞いて、ヤシロはよくわかったとばかりに、なるほどね。と頷くと、そのままの笑顔をクオンに向けたが背後にはどういうことかな?と問い詰めるような恐ろしいオーラを背負っている。

「クーオーンー!!」

「…い、いや、ちゃんと話すつもりだったんだけど、ちょっと、話すタイミングと時間が…」

笑顔のまま責められて、クオンはいつもと違う様子のヤシロにタジタジだった。

「タイミングも時間もいくらでもあっただろうが?!今何時だよ!!もう10時半だぞ!!カナエが起こしに行ったのが7時だ!!一体その間何してたんだ?!」

「…はい。すみません。」

クオンはヤシロの剣幕に負けて、思わず敬語になった。
たしかに、色々とテンパり過ぎた上に、キョーコに受け入れられたことで初めて触れるキョーコの肌の甘さに浮かれてしまい夢中になった挙句、脳内お花畑で色々と説明しなければいけなかったことを全部すっ飛ばしてここに至った自覚はある。

三人のやりとりをしっかり聞いていたカナエは、呆れながらも温め直した料理を食卓に並べていた。

「とりあえず、さっさと食べて下さい。話は後からです。」

カナエから冷たい視線を投げかけられて、クオンは肩身が狭そうにキョーコを席に誘導した。

「ゴメンね。後からちゃんと説明するから。とりあえずご飯にしよう。」

キョーコは少し不安そうにクオンを見上げた。

「…あの。」

「うん?」

「名前、コーンじゃ…。」

一緒にいるのはコーンだと思っていたが、ヤシロはクオンと呼んでいるので、別人だったと言うことだろうか?とキョーコは不安になってしまったようだ。
クオンはキョーコに微笑みかけ、安心させるように頭をポンポンと撫でながら言った。

「あぁ。うん。俺の名前、本当はクオンなんだ。初めてキョーコに会って自己紹介した時、キョーコはまだ小さかったから、クオンって発音できなくて、ずっと俺のことをコーンって呼んでたんだよ。」

「ええぇ?!そ、そうだったの?!ごめんなさいっ!!」

「気にしないで。キョーコにコーンって呼ばれるのは嬉しかったから。」

そう言って、甘く顔を崩したクオンは、キョーコの椅子を引いて座らせると、自分もそこから少しだけ離れた自分の席に収まった。

そしてクオンが離れて1分も経たないうちに、再びキョーコの背中にゾクリと悪寒が走った。
先ほどクオンから離れた時も同じことが起こったのだが、じわじわと湧き上がってくる得体の知れない恐怖の気配に息を飲む。

心臓が凍り付きそうな感覚に、キョーコの手がカタカタと不自然に震え始め、顔色もどんどん真っ青になっていく。
その顔を見て、ヤシロとカナエはすぐにレイノにかけられた恐怖の呪いの力だとわかりクオンに目配せをしたが、クオンはそれよりもいち早く気付いていたようで、サッと素早い動きでキョーコの元へ行くと、キョーコの手を取った。

「あ…こ、コーン…何だか…わた、わたし…。」

キョーコは急に襲ってきた恐怖にガクガクと体を揺らしている。
これで三度目だ。恐らく偶然ではない。
クオンと触れ合っていないと途端に恐ろしい恐怖が何故か湧き上がってきて、身体がすくみあがってしまうのだ。

「キョーコ。やっぱり俺は君から片時も離れたくないみたいだ。一緒に食べてくれる?」

クオンはキョーコが気を遣ったりしないように、自分のわがままとしてキョーコの震える手を握りこんで呼びかけたが、まだキョーコの身体の震えは治らない。
それどころか酷くなっていた。

キョーコの目には最早、クオンの姿などまるで見えていないように辺りをキョロキョロと怯えながら見渡している。

「いや…いやぁ…!」

そして、キョーコは突然取り乱し、クオンの手を振り払った。
キョーコの頭の中には、あのレイノと呼ばれていた男の笑みが浮かんで迫ってくる。

「あぁぁぁ!!いや、いやぁ…!!来ないで!!来ないでぇぇぇぇ!!!!」

キョーコが椅子から転げ落ち、自分の身体を抱きしめて怯え始めたのを見て、クオンは一瞬、過去のトラウマが蘇り、自分がまた拒絶されたのかと思ったが、先程お風呂の中でキョーコからずっと好きだった。会いにきてくれる日をいつも待っていたと告白され、心が通じ合ったことを思い出した。

今のキョーコの状態は呪いによるものだ。
クオンは恐怖の呪いに苦しんでいるキョーコを救うため、キョーコを丸ごと包み込むようにして後ろから力一杯抱きしめた。

「キョーコ…キョーコ!大丈夫だ。大丈夫だよ。俺がついてる。」

「ッ…!!」

最初は抱きしめられても驚いて暴れていたキョーコだが、クオンの体温と優しい声を聞いて段々と落ち着きを取り戻し始めた。
キョーコの荒い息使いが、その恐怖の凄まじさを物語っていた。

「キョーコ、大丈夫。大丈夫だよ。」

小さな身体はまだガタガタと震えているが、その目は漸く光を取り戻し始めていた。

「……コ、コー、ン…?」

「そうだよ。君には俺がついてる。だから大丈夫。大丈夫だ。」

「あ、あ…たし、わたし…」

まだ恐怖が完全に収まっていないのかガタガタと震え続けているキョーコが痛々しくて、クオンも胸が苦しくなった。
カナエとヤシロも禁じられた闇の呪いの力を目の当たりにして、呆然と立ち尽くしている。

「キョーコ…俺を見て。」

クオンはキョーコに己に注意を向けさせると、キョーコは恐る恐るクオンを見上げた。キョーコの頭の中から恐怖を追い出すため、クオンはキョーコの唇に想いを全て注ぎ込むかのように熱い口付けをした。

「ん…ッ。」

対するキョーコもクオンに助けを求めるように縋り付いて必死でキスに応じる。
想いをぶつけ合い求め合うような激しい口付けを交わし合って、熱い吐息と共に唇を解放した時には、キョーコの身体の震えも殆ど収まっていた。
キョーコの身体をクオンの手が優しく抱きしめる。

「キョーコ、もう離れないからね。一緒に食べよう。」

「ん…コーン。」

キョーコもクオンの首にしっかりと抱きついた。
そしてクオンはキョーコを抱え、先程までキョーコが座っていた席に腰を下ろすと、キョーコを横抱きにして膝の上に座らせた。

ヤシロとカナエは、燃えるような2人の口付けを目にして、真っ赤な顔で固まっていたが、2人が一緒に席に着いたのを見届けると、ハッと我を取り戻し、慌てて料理の皿を2人の前に並べ直した。

キョーコへの配慮だろう、皆の前に並べられた料理は普通の人間が口にするようなものばかりだった。
カナエは元人間でヤシロに見初められパートナーになるためヴァンパイアとなったため、人間の食べ物がよくわかっているのだ。



「キョーコ、今度はこれね。はい、アーン。」

キョーコはクオンから口元に運ばれたものを恥ずかしそうに頬を染めながらも、素直に口に入れていた。

「…美味しい?」

咀嚼している顔を近くから覗き込もうとするクオンを避けて、首に抱き付いて赤くなった顔を必死で隠すキョーコが可愛くて、クオンの顔がこれ以上ないほど甘く崩れる。

「ん…。もう、続きは自分で食べるからっ!」

キョーコはしっかりと口の中の物を飲み込んでから、抗議の声をあげるのだがクオンは全く聞き入れてくれない。

「ダーメ。俺がしたいの。俺にさせて?ほら、次はこれ、さぁキョーコ、アーン。」

「あぐ。」

またもや口に入れられて、キョーコは再びクオンの首にしがみ付いて顔を隠す。
そんなキョーコにクオンはもうメロメロだった。

「ちょっと、陛下ッ!!」

とっくにカナエとヤシロは食べ終わっていると言うのに、まだ半分も食べ終わっていない2人を見て、我慢できなくなったカナエは、真っ赤な顔で注意をした。

「もーーーー!遊んでないで、さっさと食べちゃってください!!」

ヤシロは目のやり場に困って、真っ赤な顔のまま必要もないのに、何度もメガネの位置を整えていた。

「片付かないでしょ!!もーーーー!!」

「失礼な。遊んだりしてないだろう。」

クオンは心底心外だと言う顔をするので、カナエはキッとキョーコを睨みつけた。

「もーーーーー!!貴女もっ!!陛下をあまり喜ばせないでください!!!!」

「ふぇえ?!ご、ごめんなさい!!モー子さん!!」

「ッ?!ちょっとぉ!!変なあだ名をつけないでちょうだい!!もーーーー!!」

「ブハッ!」

「キョーコ、も、モー子さんって…クッククハハハハッ…」

キョーコのモー子さん呼びが、ツボに入ったらしいヤシロと、クオンは腹を抱えて暫く笑っていたのだった。

そうして甘くも楽しい食事タイムを終えた頃には11時近くなっていて、これでは朝食か昼食かわからないほどだった。


食事の時のクオンとキョーコのやり取りを見ていて、絶対に2人きりにしたら話が進まないであろうということをはっきり理解したヤシロは、クオンとキョーコと共にリビングのソファへ移動していた。

キョーコはやはりクオンに抱えられての移動だったのだが、リビングも他の部屋同様真っ暗で何も見えない。
ぼんやりと灯る蝋燭の明かりだけが頼りのはずなのに、クオンもヤシロもまるで見えているかのようにスイスイと進むのでキョーコは不思議でならなかった。

相変わらず、キョーコの指定席はクオンの膝の上のようだ。

ヤシロはチラリと正面に座るクオンとキョーコを見た。
クオンをキョーコから引き離してはキョーコがまた恐怖に支配される可能性もあるため、クオンと呪いについての話をするときはキョーコが寝てからと言うことになるだろう。

「さてと。クオン、まず何から話す?」

「そうだな…。」

そうして、少し思案した後、クオンはチラリとキョーコを伺った。

「キョーコはまず何から聞きたい?」

クオンに聞かれて、キョーコは少し考えて、テーブルに置かれた蝋燭で辛うじて姿が見えるヤシロとクオンを見比べ口を開いた。

「じゃあ、あの、伺っても宜しければ、先生とコーンの関係を…」

「あぁ、そうだね。うん。それにはまず、俺の秘密も話さなくちゃならないね。」

キョーコはクオンを見上げた。
どんな秘密なんだろうと密かにドキドキしてしまう。
クオンはくすりと笑いながら、キョーコの目を間近で覗き込んだ。

「多分、びっくりさせてしまうと思うけど、俺もヤシロと同じく、キョーコの通う高校で教師をしてるんだ。」

「…え?ええええ?!ええええええええ?!」

キョーコはあまりの出来事に仰天してしまった。
金髪碧目の先生なんていただろうかと頭をフル回転させるが記憶にない。
そして近くにあった蝋燭を借りて顔の高さに掲げると、クオンの顔を改めてマジマジと覗き込んだ。

ぼんやりと照らされた灯りの中で、漸くクオンの顔をちゃんと見ることが出来た。
その顔の造形の美しさにキョーコは一瞬見惚れてしまう。
しかし、慌てて我を取り戻すと、目や口などの一つ一つのパーツを確かめた。
目の色や髪の色は記憶しているものと違うが、そのパーツパーツには確かに見覚えがある。
パズルのピースが埋まるように一致するその教師の姿を頭の中で思い描いて、キョーコは目を見開いた。

「う…え…ぁ…え?!ええええええ?!ももももももしかして、え?!えぇ?!つ、つつつつる、つるっ敦賀先生ぇぇぇえ?!?!」

あまりにビックリしすぎて、クオンの足からずり落ちそうになってしまったキョーコをクオンは慌てて支えた。

「おっと。うん。正解。」

ついでに危ないので蝋燭もキョーコの手から取り上げて、テーブルに戻した。

「じゃ、じゃじゃじゃじゃあ、まさか!!わた、わた、わたし!え?!うそ!!まさか、そんな!!先生と?!?!あ、あんなことや…こ、こんなことをッ!!!?」

キョーコは先程までベッドで素肌を合わせて絡み合っていたことや、一緒にお風呂にまで浸かったことを思い出して、真っ青になったかと思うと、ボボボボボッと真っ赤になった。

「…うん。まぁ、そう…なるね?」

クオンの照れたような声を聞きながら、キョーコの気が遠くなる。

敦賀蓮と言えば、高校三年間キョーコのクラスの担当教師で、確か年齢は27才。

「あーーー…年齢については、仕事をするためにサバ読んでるかな。本当は22だよ。」

学校のみならず市内…いや、もしかしたらもっと広範囲かもしれないが、知らぬ者はいないと言うくらいの有名人だ。
教師をさせているのが国家の損失ではないかと囁かれる程の最強のルックスのイケメン美男子。

「…なんだか照れるな。」

長身のその身体を支える筋肉も骨格も完璧なバランスで、その顔は神の寵児と言っても過言ではないほどの造形、腰から砕ける低音ボイスに、甘い微笑み。

「骨格?神の寵児って…」

罪なマスクで虜にした女性は数知れず、常に女性に優しく、大人でスマート、校内にはファンクラブまで存在しているきっと影の遊び人プレイボーイな化学教師だ。

最後の方はキョーコの偏見が大いにプラスされていたが、キョーコにとっての蓮のイメージはそれだった。

「む。影の遊び人プレイボーイは聞き捨てならないな。」

ーーーな、なんで敦賀先生みたいな完璧な人が、私に?!からかわれて…いいえ。違うわ、敦賀先生じゃなくてコーンなのよ!え?でも、コーンが敦賀先生で…?えええ?!な、なんで?!どういうこと?!コーンが敦賀先生だったの?!え?!でも、そう言えば、昨日…先生に指導室でキスされて!?

「キョーコ、とりあえず順番に説明を…」

ーーーちょっと待って!!夜な夜な会いに来てたのは先生ってこと?!じゃあ、私がお嫁さんになりたかったのって、先生?!違っ!!そ、そそそそそんな大それたこと考えたつもりは…!!

「ーー…えっと、キョーコ?聞いてる?」

ーーーえ?!でも待って、私さっき、もっと破廉恥なことを…あの先生と?!うそ…やだ!!コーンだと思ってたのに、先生だったなんて!!ど、どどどどうしよう!!どうしたら?!た、退学?!逮捕?!もしかして、取材が来るんじゃ…ファンクラブの人たちに襲われて…

「ーーーちょ、ヤシロ!そんな目で見るな!」

キョーコの頭の中ではグルグルと色々な情報が混ざりに混ざってめちゃくちゃだ。

とにかく教師と生徒なんて完全にタブーな組み合わせだと、真面目なキョーコは動揺してしまっていた。

「キョーコ、とにかく落ち着こう。全部説明するからね。」

自分の頭の中で処理が追いつかず、目を回し、アップアップしながら自分の世界で完全に迷子になっているキョーコの意識を戻すため、クオンはキョーコを抱きしめた。

しかし、それは逆効果になった。いまだ混乱中のキョーコは慌てて“先生”から離れようと暴れ始めた。

「ひゃぁぁぁ!!いやぁ、待って!!ダメダメダメ、ダメです!先生!!それだけは、ダメェェェ!!破廉恥です!!!!」

「キョ、キョーコっ!」

「キョーコちゃん!落ち着ついて!」

ヤシロも慌てて宥めようと呼びかけるが、キョーコの混乱は収まらなかった。

「いやぁぁ!!は、離してくださいっ!!」

「ちょ、キョーコ!!うわっ!」

混乱して暴れて足から落ちそうになったキョーコを支えようとしてクオンはバランスを崩した。

キョーコを抱えたまま辛うじてソファに押し倒す形で倒れこむと、キョーコが真っ赤な顔のまま固まった。

クオンの顔が、キョーコの胸に埋まったのだ。
キョーコの心臓の音がうるさいくらいに早くなる。

「ちょ、あの…」

その瞬間、クオンの理性がプッツンと切れた。

教師と知った途端、離れようとしたキョーコ。もう絶対に手離すことなんて出来ないのに、ここで逃してなるものか…!

ーーー絶対ニ…逃ガサナイ…。

キョーコの動きを封じ込むため、キョーコの首の後ろに回した手でガッチリと、逃げないように首を掴む。
のそりと妖しい動きで身体を起こしたクオンは、夜の帝王のような顔でキョーコを覗き込むと、ワンピースのスカートから覗くキョーコの足をもう片方の手でいやらしい手つきで撫でた。
そしてそのまま、じわじわとキョーコを追い詰めるように身体を近付ける。

クオンの色気に当てられて、真っ赤な顔で身動きが取れないキョーコの顔を覗き込み、唇を避けるようにして顔中にキスを落とすと、ゆっくりとその首に口付けて、舌を這わせた。

「あ…ゃ…」

濃厚な夜の空気にキョーコが蜘蛛の糸に絡められた蝶のように戦慄き、吐息が溢れる。

そしてクオンは、キョーコの服が邪魔になったのか、歯でワンピースのボタンを一つ、二つと嚙みちぎり始めた。

ーーーガジッ、プツッ…プッ、カン。ガジップツッ…プッ、カララン。

服の間に鼻の頭を擦り込んで襟元を寛げる。
そのキョーコの柔らかな肌の匂いに酔ったまま、三つ目のボタンに歯を立てたその時、その壮絶なまでのクオンの色気に当てられていた男の横で、大袈裟な咳払いが一つ聞こえた。

その咳払いでハッとして、我を取り戻したクオンは、目の前のキョーコの姿を見て唖然とした。
引き千切られたボタン、肌蹴けられた襟元、ギリギリまでめくり上がったスカート、頰を赤く染め喘ぐ姿。

「何をしているかと思えば、お戯れですか?陛下。そういう過激な行いは部外者のいない部屋で2人きりの時だけにして下さい!」

冷たいカナエの声がクオンに注意を促し、カナエの足は、ヤシロの足の甲を思い切り踏んづけていたため、ヤシロは声にならない声を上げて悶絶していた。

クオンは慌ててキョーコの衣服を整えると、キョーコをソファに押し倒したまま抱き込んだ。
そしてそのままジロリと険しい顔でヤシロを睨む。

とばっちりを受けたヤシロは、お前が話の途中で突然理性を飛ばしたからだろー!!と叫びたかったが、言葉にできなかった。
ヤシロの横には怒りのオーラを纏ったカナエがお茶を用意して立っているのだ。
下手なことを言うと薮蛇だろう。

「カ、カナエ!お茶の用意をありがとう。クオン、お茶でも飲んで落ち着こう。まだ話は終わってないぞ。いちゃつくのはカナエのいうとおり後にしてくれ。」

そう言われて、クオンは漸く話の途中だったことを思い出した。

「あぁ、そうだったな…。」

そしてバツが悪そうに、キョーコを抱きしめたまま、身を起こすと座り直した。

キョーコはクオンの色気に未だに当てられたままで心臓のバクバクが収まらず、思考の小部屋からも締め出されたので、真っ赤な顔で固まっていた。

そんなキョーコを逃がさないとばかりに抱きしめたままクオンは、なんの話の途中だったかと思案し始めた。

「俺が敦賀蓮だってことまでは話したんだったな。」

「あぁ。まだそれだけだ。」

「キョーコ。」

「ひぁい?!」

抱きしめたまま、耳元に囁けば、面白いほど身体が大きく跳ねた。

「逃げないで聞いてくれ。もう後には引けないんだ。君が逃げたら、俺は…」

クオンはそこで一度言葉を飲み込んだ。
キョーコを抱きしめる腕に力を込める。
言葉にすることを躊躇しながらも、クオンは意を決して口を開いた。

「もし君が逃げ出したら俺は、君の命を奪わなければいけなくなる。」

「……え?」

キョーコは言われた言葉に驚いて、目を見開いた。
クオンの声は真剣だった。

「でも俺はそんなことしたくない。君を傷付けるなんて…ましてや命を奪うなんて…!だからお願いだ。逃げないで聞いてくれ。」

「こ、コーン?」

キョーコはクオンの身体が僅かに震えていることに気付いた。
キョーコは戸惑いながらも、そっとクオンの背中に手を伸ばした。

「キョーコ。俺は君に初めて出会った頃からずっと君が好きだ。君の笑顔も、コロコロと変わる顔も、思ってることが全て顔に出たり、口から出たりするところも、君の寝顔も。君の声も、優しさも、何もかも好きだ。」

キョーコはクオンから自分のことを言われてると思うととてもむず痒い気持ちになった。

「だけど俺は、君に正体を知られて怯えられるのが怖かった。だからずっと君の目を避けて、君が寝静まってからこっそり会いに行ってた。でもそれだけでは足りなくなって、俺は敦賀蓮として君が入学する高校に教師として入ったんだ。」

キョーコは今度はおとなしく耳を傾けることにした。
懺悔するように絞り出されるクオンの言葉を聞きながら、怯えている子犬を宥めるように背中を撫でる。

「それだけで満足だった。君のそばにいて、君の笑顔が見れて、君と言葉を交わせる時間が俺に取っては宝物だった。それ以上を望むつもりはなかった。君のその笑顔を守るために志望の大学があるのなら、俺はまた名前を変えてその大学にも行くつもりだった。」

「へ?!だ、大学にも?!」

「うん。…だけど君の進路希望はお嫁さんだった。」

「あ…」

キョーコはドキッとした。そのお嫁さんは夜中にいつも会いにきてくれる人、つまりコーンへの想いから書いたものだ。

「…現実を突きつけられたよ。このままだと君は誰かわからない男の物になってしまうんだって。だからあの時焦ってしまって、自分の気持ちが抑えられなくて進路指導室で思わずキスをしてしまったんだ。本当にごめん。」

「先生…。あの、私もあのときは本当にびっくりして…。逃げたりしてごめんなさい。」

「いや、だから君は悪くない。悪いのは全部俺。自分の正体を明かす勇気もないくせに、君への想いだけが育ち過ぎた。自分でも気付かない内に君に俺の印を刻んでしまうほどに。」

クオンは無意識につけてしまっていたマーキングのことを言っていた。それが原因で、キョーコはレイノに目をつけられてしまったのだ。
クオンの想いが滲み出ているのか身体がとても熱くて、キョーコは恥ずかしくなって身をよじろうとするがビクともしない。
さらに強く抱きしめられ、キョーコの心臓はドコドコと益々速くなる。

「俺は…俺は、普通の人間じゃない。俺はーーー…」

クオンは言葉に詰まった。
言葉にしたらたら嫌われるのではないか、拒絶されるのではないかという気持ちがその先の言葉を奪う。

キョーコはギュッとクオンの背中を握りしめた。クオンが無理して伝えようとしている言葉を聞きたいような、聞きたくないような複雑な気持ちだ。

「コーン…。無理しないで…。」

僅かに震える体を気遣い優しい言葉をかけてくれるキョーコへの愛しさが募る。
今言わなければ、また言えなくなるかもしれない。
そう考えたクオンはなんとか勇気を振り絞った。

「俺は…俺たちは、ヴァンパイアなんだ。」

クオンの言葉にキョーコは目を見開いた。


(続く)

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