魔の契約

魔の契約


「今日からここが私の家ね!」

最上キョーコは家具家電付きの古びたアパートでこの春から一人で生活を始めることになった。

玄関から入ってすぐ、正面には小さな卓袱台と、4枚ほどを積み上げられた座布団。
そして右側にはキッチンがあり、そのキッチンには必要最低限の調理スペースと小さな冷蔵庫に電子レンジ。
左側にあるドアは恐らくトイレとバスルームになっているはずだ。

奥にあるもう一部屋に、そこにはカビ臭いベッドルームと埃っぽい本棚があり、何冊か本が入りっぱなしになっていた。

家具家電付きなのに家賃は月に2万4千円。この時代にはかなりの破格だ。
だから、手入れが行き届いていないことで嘆くような必要はない。

「よっし!先ずはお掃除ね!」

キョーコは全ての窓を開け放つと、腕まくりをして、まずは布団を干した。
そうして、上から順に埃を落として床を掃き、拭き掃除までして、キッチンを磨き、トイレもお風呂もピカピカに磨いた。

「ふふふ。我ながら上出来だわっ!」

アパートの床は歩くとギシギシ軋むものの、何とか住める状態になり、キョーコは満足そうに微笑んだ。

陽の光を浴びてフカフカになった布団を取り入れ、自分の荷物を解放する。

年頃の17歳であるキョーコは普通の女性と比べて極端に物が少なかった。
ダンボール二箱分で、その中に全てが収まっていた。

今まで住んでいた家は居候だったのだから当然といえば当然かもしれない。

キョーコは自分の荷物から数冊の本を取り出すと本棚に並べ始めた。
最初から入りっぱなしだった本を捨てることもできるが、見たことがないタイトルの本ばかりだったので興味をそそられ、そのままにしたのだ。

そして、キョーコの目の高さにある本棚の右から4番目に収まっている黒表紙の本には何もタイトルがないことに気付いた。
キョーコは吸い寄せられるようにその本に手を伸ばした。

「何かしら…?」

表表紙も裏表紙も塗りつぶされたように真っ黒で、何の本なのか全く見当もつかない。

キョーコは不思議そうにその本をパラリと開いた。

瞬間、本からポコリと黒い何かが飛び出し、驚いて本を手放したが、開いたページからは相変わらず黒い煙のようなものが立ち昇っていた。

「な、なに…?!」

キョーコは本から離れ、それでも本から目を離さずに後ずさった。

部屋の電気が急にチカチカと怪しげに点滅し始め、開いていたはずの窓とカーテンが突然閉まった。

「え?!嘘でしょ?!なんなの?!」

ベッドの影に隠れるようにして、恐怖に引き攣った顔。
本の上にぶあっと広がった暗黒の雲のようなものをただただ見つめた。

グルグルと渦巻く雲が、やがて飛び散る様にしながらなくなったかと思えば、そこには黒髪の漆黒のマントと衣を身に纏った一人の美男子が立っていた。
切れ長の目、薄い唇、すうっと綺麗な曲線を描く鼻、漆黒に包まれた男の顔を引き立たせるかのように肌は白く美しい。
伏せていた男の目がすうっと開いた。

キョーコは思わずドキリとした。
余りにも整った顔立ちはこの世の物とは思えない。
黒く美しい目が、キョーコを捉えた時、わずかに口元が微笑んだ気がした。
そうして男は本の上から進み出るとキョーコの前に跪いた。

「お呼びでございますか?我が主。」

「ふぇ?!」

何が何だかわからなくて、キョーコの口からは素っ頓狂な声が出た。

「あ、ある?あるじ…って?」

キョロキョロと周りを見回すが、どう考えても自分以外に人はいないし、男の目は真っ直ぐにキョーコを見ていた。

「あ、あの?!あの…!何かの間違いでは…?」

「……間違い…?はて。本を開き、私を呼んだのは貴女様ではないと…?」

「ほ、本は開きました!で、でも!貴方を呼んだ覚えたはないわ!!」

キョーコの返答を聞いて、男はすうっと立ち上がり、部屋を見回した。

「ふーむ。なるほど…」

「あ、貴方は一体誰なの?!」

男の視線が自分から外れたことで、キョーコはやっと立ち上がることができた。

「あぁ、これは失礼。申し遅れました。」

男は再び礼の姿勢をとり、深々と頭を下げた。

「我は闇の世界より馳せ参じた第準S2級悪魔、名をレンと申します。」

「へ?悪魔…?」

「どうぞレンとお呼び下さい。我が主。」

「…な、なに言ってんの…?この時代に悪魔なんているわけ…」

言っているうちに突然キョーコの体が浮き上がった。

「ふえ?!キャァァァ!!」

そして宙を舞ったかと思えば、先程干したばかりの布団の上に仰向けに落とされた。
何かに羽交い締めにされてるように動けない。

「な、なに今の!」

「信じておられないようなので。お望みならもっと手荒な方法で信じていただくことも出来ますが?」

キョーコの顔が真っ青になって、その顔をレンと名乗る男に上から覗き込まれた。

「さぁ主。遠慮なく、お望みを。」

「あ、悪魔に頼むことなんてなにも…!」

「本当に…?」

「…え?」

「じゃあ何故俺は呼ばれたのです?強い恨みを持っていない限り、本を開くことは出来ても俺を呼ぶことは出来ないはずだ。」

「強い恨み…?」

「そうだ…強い恨み。貴女様の奥底に眠る強い恨み…貴女様の心を黒く塗り潰す強い思い。この俺がそれを叶えてやろうと言うのだ。」

レンの指がキョーコの唇の輪郭をそっとなぞった。

深い催眠に落ちていくように心片隅で感じながら、キョーコの口が勝手に動き始めた。

「あの男…許せない。人の純情を踏みにじって…!」

「ほう…あの男とは、どの男だ?」

「名前は不破松太郎。本名を知られるのが嫌で、自分では不破尚と名乗ってるわ。老舗旅館のボンボンでつい最近まで私はあいつの家に居候してた。」

キョーコは話しているうちに段々と恨みの気持ちが強まり、催眠状態から抜け出し始めた。
そしてバリッと何かの拘束を破ったかのような音を発してベッドから起き上がった。

「あいつ、私に散々頼ってきたくせに取り巻きの女の子達になんて言ったと思う?!私のこと家政婦だって!女として見れないってそう言ったの!!あいつ、一人じゃ何にもできないくせにっ!!」

あまりの剣幕に、レンは驚いた顔をしていたが、面白そうに目を細めて甘く問いかけた。

「その男にどうしてほしい?」

「ギャフンと言わせたい!復讐してやる!!」

「復讐とは具体的にどういう未来を望む?」

「あの男が私の前に土下座をして泣いて縋ってくること!」

この答えには、レンは少し拍子抜けしているようだった。

「…俺を呼び出すほどの…それだけの恨みを持っていて、命は取らぬのか…?」

「ふん!命を取る?そんなの生温いわ!あいつには生き地獄を味わわせてやる!!」

レンはニヤリと笑った。

「そうか…。容易いことだ。では、契約といこうか。」

「え?ちょっと待って!私、契約するなんて一言もっ!」

「悪魔の前で口にした恨み言は契約に値する。俺との契約は6年。たとえ一年後に貴女様の願いが叶ったとしてもこの契約の報酬はきっちり6年間続く。そして私への報酬は、三時間おきの食事だ。簡単だろう?」

「食事…?作り置きでいいのかしら…?」

「それさえ守られれば、貴女様の命を奪わないと約束しよう。」

「…もし、守らなければ…?」

「その時は、貴女様のその命をいただく。」

キョーコはグッと息を飲んだ。

「わかったわ。料理なら自信あるんだから。」

レンの口元がニヤリと意味ありげに笑った。

「契約成立だな。」

そうレンが呟くと、レンとキョーコの間にヒラリと一枚の紙が落ちてきた。
レンは己の指を切り、血を滲ませ母印を押し、キョーコの手を取った。

「イタっ!」

キョーコの指からも血が流れた。その血を使い、契約書に指紋がわかるようくっきりと跡を残した。
そして二人の間にふわりと浮き上がった契約書は、二人の周りをぐるぐる回ると、また二人の目の前で弾けるように消えた。
呆然としているキョーコの左手にチクリと痛みが走り、慌ててキョーコは己の左手に目を向けた。
するとキョーコの左手の薬指に赤いリングの様な複雑な模様の薄い痣が浮き出ていた。
レンの左手の薬指にも同様なものが浮き出ているようだ。

「これは…?」

「契約の印。契約した者同士の目にしか映らない。」

そう言って、レンはさりげなくキョーコの手を取った。
蓮が指の腹で優しく撫でれば、先ほど契約書に血判を押すために流させた血が止まり、その傷痕がなくなっていた。

「治った…?あ、あの、貴方は本当に悪魔なの?」

「レンです。主。ええ、どこからどう見ても悪魔です。何なら今ここで証拠をお見せ致しましょうか?」

「いえ!結構です!!あの、それより、えっと…レン、さん?」

レンは驚いた顔でキョーコをまじまじと見た。

「私のこともアルジではなく、キョーコでいいですから。それに、敬語も必要ありません。」

「そうですか。ではお言葉に甘えさせて頂こう。ところでキョーコ。」

「うぁ!は、はい!」

キョーコは突然目の前の男が美男子であることを思い出し、キョーコと呼び捨てで呼ぶことを了承してしまったことを若干後悔した。

「な、何でしょう?」

ハッキリ顔を見ることができずに、キョーコは目を伏せ真っ赤になりながら返事を返した。

「第一回目の記念すべき食事をいただきたいのだが?」

「あ、わかりました!ちょっと待ってくださいね!直ぐに買い出しに行って料理を!」

慌てて買い出しへ向かおうとしたキョーコの腕をグッと掴んで引き止めたレンは、そのキョーコを己の膝の上に乗せる様にしながら、ベッドへ腰掛けた。

「ここでいい。」

そう言いながら、レンの手がキョーコの体を後ろから拘束した。突然の出来事にキョーコの心臓が早鐘を打ちはじめた。

「…え?な…!」

ーーーペロリ

レンの舌がキョーコの首を舐め上げた。
ゾクリとキョーコの身体に衝撃が走った。

ーーーペロリ、ペロリ

レンの舌が、首筋から耳裏までたっぷりと味わう様に辿った。

「あぅ…あ、やんっ…」

キョーコの口から漏れる甘い声を気にもとめず、レンはキョーコの耳の中に舌を差し入れた。
いつの間にかレンの手もキョーコの服の中を弄っていた。

両方の耳を弄び、最後に耳朶を甘噛みしてレンは満足そうにキョーコを解放した。

「うむ。なるほど。中々美味であった。」

「な?!な?!な?!」

キョーコは拘束を解かれたことで慌ててレンから飛び退くと我に返って真っ赤になって本棚の前に座り込んでいた。
両耳を手で覆い、手で弄られていたところを腕で隠した。

「何をそんなに慌てる?食事をしただけだ。」

「ま、さか、三時間ごとの食事って…!」

「当然だろう。悪魔が人間と同じものを食すとでも思ったか?言っておくが今のはほんのご挨拶程度だ。これっぽっちじゃ三時間持たぬかもしれんな。」

「は、は、は、破廉恥よー!!!!!」

かくして、悪魔レンと、苦学生キョーコの日常が始まったのであった。


おしまい。

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*****

久々に浮かんだのがこんな話。
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こんにちは。

お話ありがとうございますヽ(●´ε`●)ノ

えっ?!まさかのじらしですか(; ゚ ロ゚)
とっても面白そうな出だしなので、もし時間とモチベができましたなら続きが読みたいです。

またこれとは別にただ単なる蓮様とキョーコちゃんのいちゃラブもよろしくお願いしますね❣️

3時間おきw

赤子並みの食事頻度ですなw

ご飯は人間のソレではなく、味わい深く美味しいキョコさん?

3時間毎ではバイトどころではないですね。

彼女が家の外に出るのは「自分の食事のための買い出しだけになったりして。(笑)

引きこもり悪魔と主人の今後の生活が心配です。( ̄∀ ̄*) ←

Re: こんにちは。

じゅんこ様

久々のお話にコメントありがとうございます♡
この後の展開はひたすらイチャラブ桃色一直線!な感じしか想像できなかったので、焦らしたつもりはなかったのですが…そう言っていただけるならモチベと時間次第でかけそうたら書いて見ますね((*´∀`*))でも期待はせずにでお願いします〜!

これ以外のお話もまたボチボチ書いていきますね〜♪ありがとうございます!

Re: 3時間おきw

まじーん様

確かに三時間おきって赤子並みですね!笑
勿論、人間のソレではなくキョーコさんでございます♪

それかレン様だったら食事の間だけ周りの時間止めちゃうかもですよ☆
そしたらどこにいようとオールオッケー((*´∀`*))

悪魔のお食事は?

こんばんわでございます。
悪魔さんとの契約ですか(*^^*)
今、バンパイアさんの絡むお話しが混乱中で、お食事について「ふむふむ」とお勉強させて頂きました。
三時間毎は赤子で、(そこ違うから!)
突っかかってたとこが脱け出せそうです。
うふ可愛いお話しありがとうございました。

Re: 悪魔のお食事は?

山崎様

コメントありがとうございます!
突っかかってたところ、何か突破口になりそうな部分がありましたでしょうか?
まじーん様の言う赤子並みの食事がなんだがしっくりきておりますね!笑

楽しんで頂けて嬉しいです♪
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