なくした記憶 42

2016年01月24日08:57  なくした記憶/スキビ!《完結》

なくした記憶 42


湧き上がった疑問は蓮の中で波紋を呼ぶかのように拡がっていく。

ーーーオレ…ハ、ダレダ…?

気持ちが乱れ自分自身がわからなくなる。

ーーーキミハ…誰ヲ見テルノ?

記憶を思い出しそうだと言った後のキョーコの期待に満ちた目の輝き…。

それは一体何を求めているのだろうか?

ーーーオレ、ジャナイ…アイツ?

意味のわからない不安が渦をまく。

ここ数ヶ月分の記憶がない自分自身に不安がよぎる。

自分のようで自分じゃない時間。

記憶のない間の出来事をキョーコの口から聞くたび湧き上がるのは焦燥感と嫉妬心。

自分のもののようで自分のものじゃないその時間。

この混乱がどこから来るのかわからない。

ーーー君ガ好キナノハ、本当ニ、俺…ナノカ?

記憶を思い出したかもしれない。そう言えば輝くキョーコの顔に嫌な汗が背中を伝う。

ーーー記憶ヲ、取リ戻シタラ…俺ハ…ドウナル?

今の自分はどこに行ってしまうのだろうか?

蓮の中で、思い出すことへの恐怖心が湧き上がる。

ーーー嫌ダ…渡セナイ…渡シタクナイ。キョーコハ…俺ノ…

「…が、さんっ!!敦賀さんっ!!」

「…っ?!も…がみさん…。」

「大丈夫ですか?凄く顔色が悪いですけど…」

「あ…いや…。」

「殆ど手を付けてませんよね?どうされたんですか?」

「いや…ごめん。冷めちゃった…ね。」

「それは良いんですけど、無理されてないですか?今朝もそんなに寝てないですし…今日はもう会計して帰り…」

「いや…君こそ、最後まで食べてないじゃないか…。いつもの君ならもったいないっていうだろう?」

「でも…敦賀さん無理して…」

「だから、無理なんかしてないって言ってるだろうっ?!」

らしくなく苛立った声が出てしまったことに気付いた蓮はハッとして気まずそうに目を逸らした。
キョーコはショックを受けた様に固まっていた。

蓮の苛立った声は個室からも漏れ出たようで、楽し気に音を立てていた周りの音が止み、シン…っと一瞬静まり返った。

「お客様?!どうかされましたか?」

礼儀を守ったウエイターが少し慌てつつも遠慮気味に個室に顔を出し、様子を確かめる。

互いに固まっていたキョーコと蓮もその声に意識を戻され、キョーコが申し訳なさそうに頭を下げた。

「あ、…いえ、なんでもありません。お騒がせしてしまい申し訳ありません。」

「いえ、何もないならいいのですが…」

「本当に大丈夫です。大声出してしまいすみませんでした。」

尚も困惑した様子のウエイターを見兼ねて、蓮も頭を下げた。

「いえ。失礼致しました。」

その蓮とキョーコの様子に安堵の表情を浮かべたウエイターが一礼して個室から退出すると、再び二人の元に重ぐるしい沈黙が落ちる。
蓮が一つ息を落とすと、キョーコの肩が大きく揺れたのが蓮の目の端で捉えられた。

「とりあえず…食べよう…。」

「は…い…。」

蓮とキョーコは会話のないまま食事を済ませた。

前に久遠と二人できた時には美しく映っていた窓の外に広がる夜景も、今のキョーコには寂しくしか映らなかった。

席を立つ際に名残惜し気に個室を振り返ったキョーコを背後に感じた蓮は、更に苛立つ心を抑えられないまま会計を終えるのだった。


キョーコは蓮の様子から自分が何か気に障ることをしてしまったのかと、考えを巡らしていたのだが、エレベーターホールについてキョーコは首を傾げて蓮を見上げていた。
蓮は何故かエレベーターの昇り用のボタンを押していたのだ。

「敦賀さん?」

地下の駐車場に行って帰るのではないかと思っていたキョーコの呼びかけにも何の反応を示さない蓮にキョーコの中でも不安が募る。

ーーポーン

場に似合わず軽快な音を立てて止まったエレベーターが口を開くと、蓮はキョーコの腕を引いて無言で乗り込んだ。
握りこまれた腕が痛くて、キョーコが顔を歪ませる。

「痛…っ!」

思わず漏れた声にも、蓮は気付かないようだった。

「え…?ここ…」

キョーコは何故蓮がホテルの部屋の前で立ち止まっているのかわからずに問いかけようとしたのだが、ポケットから取り出した鍵で簡単に扉が開かれ、強引に中へ引きづりこまれた。

ーーーバタンッ

大きな音を立てて閉まるドアと、嵐の前の静けさというような蓮の様子にキョーコの緊張がピークに達した時、真っ暗な部屋の中で蓮に突然強く抱きしめられた。

そして強引に顎を引き上げられ、唇を重ねられる。
乱暴なその行為に、キョーコの身体が強張った。

力付くで蓮がキョーコをベッドに押し倒すと、キョーコから悲鳴が上がった。

「きゃ!!や、っ!!いやっ!!やだ…!!やめてくださいっ!!やめてくださいっ!!敦賀さんっ!!!!」

キョーコが必死で抵抗するも無言のまま蓮がキョーコを押さえつける。

「いやっ…!!いやぁぁぁぁ!!!!」

キョーコの叫び声で、蓮の手の力が少しだけ怯んだ隙に、キョーコの平手が蓮の頬を打った。

ーーパシン

渇いた音が部屋に響く。

「…あ、ごめ…なさ…。」

キョーコがカタカタと震えながら言うと、蓮はベッドを軋ませながら、キョーコから離れた。

「ゴメン…。」

ポツリと絶望したように呟いた蓮の声が、暗い部屋に響き、レストルームへ姿を消した。

キョーコは自身の胸元を隠す様に震える両手で襟元を掴む。
力が抜けたのかヘナヘナとベッドに座り込んだ。

それから数十分後にようやく蓮がレストルームから顔を出した。

「帰ろう…。」

「は、い…。」

それだけ言ったきり、言葉を発しない蓮の5歩後ろをキョーコが歩く。

蓮の背中にいい様のない不安を感じながらも、キョーコは声をかけることが出来なかった。



「あ…の…。」

車の中でも私語厳禁状態だったキョーコは、マンションの部屋に入って我慢出来ずに話しかけた。このまま蓮から何を切り出されるのかわからず心が不安で圧迫される。

「悪いけど…一人にしてくれないか…。」

一言だけ言葉を残して、蓮はばたりと自身の寝室の扉を閉めたのだった。


残されたキョーコの目には、今にも溢れ出しそうな程、涙が溜まっていた。


(続く)
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※Amebaで2012/12/13に公開した話を若干訂正したものです。
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