なくした記憶 5

2015年11月26日13:46  なくした記憶/スキビ!《完結》

なくした記憶 5


ーーコンコン

「失礼します。」

キョーコはノックの後、遠慮気味に蓮の病室の扉を開いた。

「あ、寝てる…」

キョーコは、ベッドに横になり寝息を立ててる蓮をみて僅かに安堵した。

昨日会った時に、蓮から全身で拒絶されてるのがなんとなくわかっていたキョーコは、今日は追い返されるのではないかと、内心ビクビクしながら来たのだ。

ーーコトン。

キョーコは買って来たお見舞いの花束を、同じく買ってきた花瓶に生けて、病室を飾った。

花束を綺麗に飾ったキョーコは、グッスリ眠っているらしい蓮の整った顔を覗き込んだ。

普段見ることのできない蓮のあどけない寝顔を見るのは何だかくすぐったさを感じた。

キョーコはドキドキしながらも、綺麗な寝顔を独占している今を、「贅沢だわ…」と呟きつつ、満喫していた。



フワリと蓮の嗅覚をくすぐる甘い匂いがあった。
花の香りと一緒に入って来たその優しい香りの正体はわからないが、その匂いに包まれている感覚は、蓮の眠りを更に深いものにして行った。
胸元近くにある暖かい温もりが、寝不足の蓮にはとても心地よく感じる。

「う…ん?」

蓮は久しぶりにゆっくり眠れたような感覚になりながら、段々と覚醒していき目を醒ました。

「久しぶりに…気持ちよく眠れたな…」

そう呟きながら、ふと窓の方を見ると、先ほどまではなかったはずの綺麗な花が窓辺に飾られているのに気付いた。

「あれ?何時の間に…」

寝てる間に誰か来たのか?
そう思いながら、窓とは反対側に顔を向けて、ギョッとした。

昨日の少女が蓮の胸を枕に、顔を蓮に向けて、スヤスヤと気持ち良さそうに寝息を立てていたのだ。
そして何時の間にか、自分の手は、その彼女の肩を抱くように置かれていた。

ーーー暖かい温もりの正体はこの子だったのか…。

蓮は仰天しながらも、何故か起こす気分にもならず、知らぬ間に少女の寝顔に見惚れていた。

肩に置いていた手を頭に移動させ、さらさらとした柔らかい感触の髪を優しく弄びながら撫でると、今までに味わった事のない幸福感が体を駆け巡った気がした。

何故そんな気分になるのか不思議に思いながらも、蓮はキョーコの寝顔から目を離すことが出来なかった。

ーーコンコン。

「蓮、入るぞ?」

突然そう言いながら病室に入って来たのは、蓮のボスこと社長のローリィだった。

キョーコの寝息だけが聞こえるこの部屋で知らぬ間にキョーコに見惚れていたところに、突然のノックの音と男の渋い声が響き、蓮は飛び上がるほど驚いた。

その蓮の驚きに反応して、蓮の胸の上に頭を預けていたキョーコも目を醒ました。

「ん…?」

目を開けたキョーコの目に、一番最初に飛び込んで来たのは、驚いた表情の蓮の顔だった。

しかも、かなりの至近距離である。

蓮は、ローリィに向けていた視線を慌てて、寝ていたキョーコの様子を見る為に戻す。

そんな至近距離の蓮とキョーコの視線がばちんと重なった。


キョーコは、ぱちんぱちんと数回瞬きを繰り返すと、自分が病院の病室にいることもすっかり忘れ、気付いた時には寝起きの耳には辛い大絶叫をお見舞いしていた。

「~っ!いぃやぁぁぁあぁああぁぁ~!!」

最も間近で、予想もしてない耳を劈くような悲鳴を聞いてしまった蓮は、多大なダメージを負うこととなってしまったのだった。


「この度は、本当にぃ!!申し訳ありませんでしたぁーーー!!」

ハハァーと床におでこを擦り付け這いつくばって、お馴染みの姿勢で土下座をしているのは、もちろん涙をいっぱい瞳に溜めたキョーコである。

「…で、ありまして…先輩の胸を枕に眠ってしまうなどと不届き千万な…」

延々と続きそうなキョーコの謝罪に終止符を打ったのは、言わずもがな蓮である。

「君…もう、いいから…」

蓮は先ほどの暖かい気持ちが悲鳴で一気に吹っ飛び、再び不機嫌モードとなっていたのだが、キョーコの潔い勢いありまくりの謝罪に毒気を抜かれ、逆に呆れ返っているようだった。

「いや、しかし、君がここにまた来ていたとは驚いたな。」

ローリィは何故かご機嫌だ。

「これは、ラブミー部の卒業も近いかな?!」

「ラブミー部??」

蓮は聞き覚えのない単語を聞き、疑問に思いながらローリィに問い掛けた。

「あぁ、愛を失った、愛の欠落者に、愛の大切さを学ばせる為に、俺が特別に作ったセクションだ。切り捨てるには惜しい彼女のような人材を立派な愛ある大人に育てる為に作った。」

「はぁ、愛の欠落者?彼女が?」

キョーコは正座をしたまま項垂れていた。

「そうだ。最上君は我が社のラブミー部員第一号だ!最早この部門は最上君の為に作ったと言っても過言ではないだろう。」

ローリィは、自信満々に答えたが、蓮は納得できないと言う顔でローリィをみつめていた。

「まぁ、最上君もこのセクションに入って1年は経ったからな。それなりに沢山の愛に触れて来たはずだ。」

「はぁ、…まぁ…」

キョーコは自信なさ気に答えた。

「ふむ…。そうだな…。」

ローリィは、正座をしたままのキョーコと、蓮の顔を交互に見つめた。
キョーコも蓮もそんなローリィの行動に不安と嫌な予感を感じつつも、次の言葉を待った。

「よし!最上君!君に新しい課題を与えよう!!君には、蓮の世話係をしてもらう!」

「「はぁ?!」」

「なぁーに。簡単なことだ。期限は…そうだな。蓮が記憶を取り戻すまでとしておこうか。最上くん、君はこれまでも度々、社君の依頼で蓮の家に食事を作りに行っていたそうだね?」

「はい。」

「え?!彼女が?!どうして?」

「食事に疎いお前を案じて、社がラブミー部員である最上君に依頼していたんだ。」

「だからって!俺が赤の他人を簡単に家に上げるはずがないでしょう?!それはボスもわかってるはずです。あり得ません!」

「…え?」

今まで、キョーコは何の抵抗も受けず蓮には家に招き入れられていた。
食事や演技指導の為に、今まで何度も自宅に伺っているのだ。

たまにピリピリとした居心地の悪い空気を感じた時もあったが、家に入るのを拒絶をされたことは記憶になかった。
だが、それをあり得ないと否定する目の前の蓮。

「だから、最上君はお前にとって特別なんだろうが!」

「…は?」

ローリィの言葉に、蓮の思考は完全に固まってしまった。

ーーー特別??私が?なんで?

キョーコもただ呆然とその言葉を聞いていた。

「…と、言うことで、最上くん。蓮の記憶が戻るまで、蓮の世話係を引き受けてもらう。なに、事務所からの仕事は優先して構わんから、出来る限りでやってくれたらいい。セツカの時のようにな。」

「はぁ…。」

キョーコが事態を飲み込めないまま答えると、ローリィは続けた。

「なんだ?不満か?…あぁ、そういえば最上くん、君は椹君に最近、下宿先の事を相談していたそうだね。」

「え??」

「俺の所にも報告がきた。何でも君のファンが君の下宿先に迷惑をかけてしまってるようで、一人暮らしをした方がいいのかと迷ってるそうじゃないか?」

「あ!はい。そうなんです。」

「そこで、提案だが、ここにいる蓮の家にしばらく一緒に住んだらどうだ?どうせ世話係をするなら、一緒に住んだ方が手間が省けていいだろう?」

「えぇえ?!」

「ちょっと!ボス!!何を…」

社長の爆弾発言に二人は途方にくれた。

「これは、決定事項だ!蓮は明日退院だからな、最上君は明日から早速世話係を始めてくれ。引越しも明日にでもしたらいい。荷物は私の部下に運ばせよう。なぁに、部屋はゲストルームを一つ使えばいいんだからな。しっかり頼んだぞ。最上くん!」

「はぁ…。」

「ボス!!どういうことですか?!どうしてこんな…」

「蓮、最上君は敦賀蓮をよく知っている。一緒にいれば、色々と見えてくるものがあるだろう。記憶を戻す足がかりにもなるはずだ。」

「あ、なるほど。」

これにはキョーコが納得した。

「今回はホテルの時のように同じ部屋で過ごす訳ではないし、カインとセツカの生活に戻ったと思えば、対したことはないだろう?」

これはキョーコに向けて言った言葉だ。蓮には何のことかわからずにクエスチョンマークを頭に沢山浮かべた。

「はい!最上キョーコ!!精一杯敦賀さんの御世話係を引き受けさせて頂きます!!」

「うむ。そうしてくれ、その間に君が探してる希望のマンションも俺と椹が探しておこう。」

「助かります。ありがとうございます!!」

「ちょっ!勝手に決めないで下さい!」

蓮は自分のマンションに住み込みで働くことにキョーコが納得しつつあることに焦りを感じた。

「敦賀さん!安心して下さい!不肖最上キョーコ!!敦賀さんの記憶が戻るまで、精一杯御世話させて頂きます!!」

キョーコは爛々と輝く瞳と、自信満々の笑顔で言い放った。
それを聞いたローリィの面白いことになりそうだ。というニンマリ顔をみて、蓮は、もうローリィの決定事項を覆すことは諦めるしかないと悟り、はぁーと長く深いため息を吐くことしかできなかった。


(続く)
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Amebaで2011/11/14日に公開した話に訂正を加えたお話です。
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