なくした記憶 6

2015年11月27日08:15  なくした記憶/スキビ!《完結》

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なくした記憶 6


蓮の退院の日。
キョーコの撮影は順調に進み、予定していた時間よりも早く終わった。
そして、その後予定されていた雑誌の取材も、先方の都合で延期となり、予定していたよりも3時間ほど、空いてしまったのだった。

この日のキョーコの予定は、撮影が終わってから蓮の家に直接向かい、帰宅を待つはずだっだのだが、いかんせん早く終わりすぎて、時間ができてしまったキョーコは、蓮に会いたいという気持ちも手伝って、蓮の病室を訪れていた。

入室早々、キョーコは不機嫌を隠そうともしない蓮に出迎えられた。

「君…今日も来たのか?」

敦賀さんは、私のことを“君”としか呼ばない。
そういえば、出会った時もしばらくは名前を呼ばれなかった。
名前を呼ばれ始めたのは、代マネをした後、スタンプを押してもらった時からだ。
敦賀さんは認めた人じゃないと、名前なんて呼んでくれないのかもしれない。

「撮影が早く終わったので来ちゃいました。」

不機嫌気味の蓮とは対象的にキョーコはなるべく明るく答えた。
蓮の不機嫌の原因は、昨日の社長とのやり取りの後からだ。

ーーやっぱり、私なんかが一緒に住むのが気に入らないのよね?

蓮は自分のプライベート空間に赤の他人を入れること事態が気に入らないのだが、キョーコにはそんなことがわかるはずもなく、若干ずれた答えを導き出していた。
しかし、社長命令とあればキョーコにも断れず、蓮には申し訳ないと思いつつ、少し楽しみにしている自分もいた。

ーーーだって、敦賀さんと一緒にいる時間が増えれば、少しずつ思い出してもらえるかもしれないし…。

今は、互いに共演中のドラマなど無く、トップ俳優である敦賀蓮と新人タレントの京子とでは会える機会もほとんどないのだ。
実質、この間ラブミー部室で会ったのも、二週間ぶりだった。
カインとセツカの生活も先月終わりを迎えたばかりだ。
会えぬ間、電話やメールもたまにしていたのだが、そのほとんどが蓮からのもの。蓮が今、自分を後輩として認めていないのは明らかで、そんな中、連絡をしてくるはずがない。
お世話様係を命じられたことで、かろうじて接点を持つことが出来たようなものなのだ。

ーーーこのまま、忘れられたままは嫌だもの。まずは今の敦賀さんに認めてもらえるようにしなきゃ!

キョーコは決意を新たに、まずは与えられた自分の仕事を全うしようと決めていた。



蓮はどうしてこんなことになったのかと、イライラを募らせていた。

何故かわからないが、キョーコが側にいると落ち着かない。
心を許してはいけない。突き放さねばならないと心の何処かで思うのだが、どうしてそう考えるのかわからない。
しかも、そんな相手を自分のプライベート空間に入れなければならないのだ。

蓮は知らぬ間に、ため息を吐いていた。

そんな蓮の目の前に、ウサギの形にカットされたリンゴが差し出された。

「敦賀さん、お昼召し上がってないんでしょ?果物だけでも召し上がって下さい。」

蓮はそのニコリと微笑んでいるキョーコの表情に釘付けになり、固まってしまった。
固まって反応しない蓮に、キョーコは不思議に思いつつ呼びかけた。

「…敦賀さん?」

呼びかけられたことに、ハッとして意識を取り戻した蓮は、自分が固まったのが何故かわからず混乱して、慌ててしまった。

「なんでもない!食欲ないんだ。ほっといてくれ!」

蓮は荒々しく言い捨てると、キョーコに背を向けて寝転がった。

「敦賀さん…」

キョーコの沈んだ声が背中の方から聞こえる。
悪いと思いつつも、蓮は必死で遠ざける方法を考えていた。

蓮はそこで、ようやく気づいたことがあった。
蓮は怖いのだ。久遠の時に負った闇を人に暴かれるのが。
自分が心許した相手に拒絶されてしまうことが。
闇に飲み込まれる様を見られることが怖いのだ。
そして、自分が傷付けた人達の怯えた視線が脳裏に蘇り、自分を非難した悲痛の叫びが体を支配する。

ーーー誰も、俺を認めない。

自分は久遠だと、どんなに叫んでも、どんなに藻掻いても、皆親の影と自分をくっつける。
俺として見てくれない。
色んな女性と関係を持ったが、彼女達が夢中になるのは、整った容姿か、親のネームバリューのせいだと久遠は気付いていた。
どんな人が相手であっても、久遠の心は満たされず、常に孤独の影を背負っていた。

ーーーそう。俺自身に、なんの飾りもない俺として接してくれたのは、あの夏の日の小さな女の子だけだった。

親の副産物ではない、俺として接してくれた。その子の側にいる間だけは、自分が他の誰でもない一人の人間であるという気持ちになれた。

日本に来て一年、両親からの連絡は全くなかった。
親バカだと思っていた両親にとっても、ここまで荒れてしまった自分の存在は迷惑でしかなかったのだ。
だからこそ、がむしゃらに日本のことを勉強してきた。
久遠の闇から逃れて、敦賀蓮として新しい人間を生きる為に!
久遠とは違う敦賀蓮がつかめたら、デビューをさせてやるとボスに約束してもらったのだ。

俺は…どうなるんだ?

既にこの世界に俺ではない敦賀蓮が存在している。
記憶にない自分が敦賀蓮を掴んで、日本の芸能界という場所でしっかりと自分の居場所を作っている。
同じ敦賀蓮にしなければいけない。違和感のない敦賀蓮にならなければいけない。
蓮は不安と恐怖で押しつぶされそうになった。
自分が、今の敦賀蓮を掴めなかったら一体俺はどうなるんだ?!
俺の居場所はどこにあるんだ?!

「敦賀さん…」

またもや後ろから声がかかり、蓮はハッとした。
完全に人がいることを忘れて考えに耽っていたのだ。
急に思考から現実に引き戻された蓮に構わず、キョーコは静かな声とは一転して、一気に捲し立てた。

「そんなんじゃ、ダメですよ!食事は身体作りの基本です!!食欲ないから何も食べないなんて!!大体食欲中枢が麻痺してる敦賀さんが、お腹空くはずないんですから!!食べないなんて、お世話係を命じられた私が絶対に許しません!」

蓮は突然のお説教にびっくりして振り返った。
そこには凄い剣幕のキョーコが立っている。
先程のニコリと微笑んだ可愛らしい顔は一体何処に行ったのか、真剣そのものの顔で、グサリと爪楊枝に刺すとリンゴを差し出してきた。

「今は果物しかありませんが、家に帰ったらしっかりと食事はとってもらいます!!とりあえず、今はコレを食べて下さい!!」

ずい!と爪楊枝に刺したリンゴを突き出すキョーコ。
蓮は気迫に押されて思わず爪楊枝を受け取っていた。真剣に食べるのを待つキョーコを横目に恐々と気にしながら、遠慮気味にリンゴを一口かじった。

ーーシャリ。

甘い汁が一気に口の中に広がった。
ただのリンゴだと思うのに、優しい味が身体に広がる。

「…敦賀、、さん?」

キョーコが驚いた顔で蓮を見る。
蓮の頬には知らぬ間に、涙が一筋伝っていた。


(続く)
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Amebaで2011/11/15に投稿した話に訂正を加えたものです。
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