なくした記憶 8

2015年11月27日17:39  なくした記憶/スキビ!《完結》

なくした記憶 8


「すぐにご飯の支度をしますから、敦賀さんはその間に、シャワーでも浴びて来て下さい。…あ、タオルの位置などわかりますか?」

蓮の家に帰り着いたキョーコは、リビングに荷物を下ろすと、早速食事を作ろうと、キビキビと動き出した。

「うん…。あのさ、キョーコちゃん。」

蓮が、居心地悪そうにキョーコに話しかける。

「はい?どうかしましたか?」

キョーコが動きを止めて立ち止まると、蓮を見つめた。

「キョーコちゃんには、コーンって呼んで欲しいな。」

「え?」

「敬語もいらないよ。なんか、よそよそしいし…もっと気軽に話しかけてよ。」

「そんな恐れ多い!!」

「なんで?」

「だって、敦賀さんは大先輩で…私の目標で…。そんな軽々しくタメ口で話せたりしません!!」

「でも!俺はまだ敦賀蓮の役作り出来てないし…。嫌なんだ…キョーコちゃんからよそよそしい態度を取られるのは…。敦賀さんって呼ぶのは、俺が敦賀蓮を演じれてる時だけにしてよ。」

仔犬が何かを訴えているようなクゥーンと今にも鳴きそうな目で見つめられたキョーコは、うっ!と声が出そうになる。
キョーコは蓮のこの顔に弱いのだ。逆らうことが躊躇われる。

「敦賀さん…」

「コーンだよ?キョーコちゃん。」

「…コーン。」

「うん!よく出来ました!」

コーンと呼ぶことでようやく笑顔を見せた蓮をみて、キョーコも仕方ないですね。と言いながら笑い、従うことにした。

「わかりました!ここにいる間は、コーンとして接します!」

「…敬語も。」

「これは…癖のようなものなので…。徐々にでもいいですか?」

必然的に上目遣いになりおずおずと言うキョーコを見て、一瞬フリーズしてしまう蓮。

「う、うん。わかったよ!!じゃあ、改めてよろしくね。キョーコちゃん!!」

「はい!!こちらこそよろしく!コーン」

一瞬怯んだものの、なんとか持ち直して、キョーコに握手求めた蓮。
キョーコもその握手に笑顔で答えた。

ニコニコと笑うキョーコを見て、不意に握手したままのキョーコを引き寄せた蓮は、自然な動作でキョーコの頬にキスを贈った。

ちゅ。という密やかなリップ音を残して…。

「な、なななななな!!!」

キョーコは一瞬にして全身を真っ赤に染めて、後ずさる。しかし、握手した手は離れてないので、至近距離で蓮と見つめ合うことになってしまった。

ニコニコと嬉しそうな蓮を見て、キョーコはバクバクする心臓を空いた手で押さえる。

「な…」

「な…?」

「なんてことするんですかぁぁぁーーーーーーーー!!!!」

キョーコの大絶叫が部屋にこだまする。
それと同時に緩んだ握手を振りほどくと、キョーコはソファの陰に一瞬にして隠れてしまった。

驚いた蓮は、そんなキョーコの反応に目をパチクリさせた。

「え?何が?」

「な、なんでキ、キス!!」

「キス?あぁ、挨拶だよ?」

最初、本当にわからないという顔をしていた蓮だが、頬にキスしたことで真っ赤になってしまったことを知ると、吹き出したいのを堪えて、にこやかに答えた。

「もう!!コーンのばかぁ!!さっさとお風呂に入ってきてーー!!」

キョーコは、恥ずかしくて堪らず、バシバシと部屋にあったクッションを蓮に投げ付ける。

「わっ!!わわっ!!ごめん!ごめんね、キョーコちゃん!!」

蓮は苦笑しながら、慌ててキョーコに駆け寄ると、その頭をポンポンと撫でた。

キョーコがクッションを抱え込んで、恥ずかしさを隠す為、顔をクッションに埋めて大人しくなったのを見て、蓮はバスルームへと向かう為に立ち上がった。

リビングから出る時に振り返り、クッションに顔を埋めたままのキョーコをもう一度見ると、耳も赤くなってるのが見えた。
蓮は、この世の女性が全て蕩けてしまうのではないかと言う程、破壊力のある笑みを浮かべてバスルームへと足を運んだのだった。


蓮の心臓に悪い行動のせいで、いつまでもバクバクとうるさい心臓を気にしないようにキョーコは深呼吸を繰り返していた。

しかし、頬に残る唇の柔らかさが数日前の事件の日のキスを思い起こさせ一人悶絶する。

キョーコは真っ赤になってしまった頬を抑えて、悪態をついた!

「〜〜!!も、もー!!コーンったら!!あんなことするコーンには、敬語なんて使う義理なんてないわよ!!もう知らない!!」

そう言って気を取り直すと、立ち上がって、キョーコは食事の支度の為にキッチンに向かった。

病院でもほとんど食事を取っていなかったらしい蓮の為に、消化の良い食事を手早く調理すると、綺麗に盛り付ける。

付け合わせは完璧!後はメインディッシュという完成に近付いてきたところで、何となく、事故に遭った直後の蓮の様子から今まで起きたことを思い出す。

最初、冷たく突き放されていたが、自分があの夏の日のキョーコだとわかると態度が一変した。
これに驚いたのはキョーコもだが、それ以上にローリィの驚きは半端なものではなかった。

『あの頃のあいつが、こんな顔出来るなんて…君は、一体何者だ?!』

などと訳のわからないことを言われた気がする。

最初の蓮の印象は、誰も踏み込ませないと警戒心を剥き出しにしている感じがした。
しかし、キョーコだと知ってからの蓮は、あの夏の日のコーンの笑顔と変わらない笑顔をキョーコにだけは向けてくれていた。

「私には、心を開いてくれてるってこと?」

キョーコはそれが少しくすぐったいと感じながらも、胸の奥がぽぅっと温かくなる感じがした。

「ん?」

キョーコの思考がトリップしているうちに、プスプスと何やら焦げ臭い匂いがキョーコの鼻に届いた。

「…え?」

匂いのする方を見ると、メインディッシュにと思っていたお魚がしっかりと焦げ付いていた。

「……!いぃいやぁぁぁあーーー!!」

キョーコの大絶叫が再び部屋に木霊したのはいうまでもない。


(続く)
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Amebaで2011/11/17に公開した話を若干訂正したものです。
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