なくした記憶 30

2016年01月14日20:48  なくした記憶/スキビ!《完結》

なくした記憶 30


「皆さん、大変お待たせしました!」

永遠の時のように感じてしまう程の通夜よりも冷たくシンと静まり返った室内に、明るいキョーコの声が響いた。

「後は並べるだけですので、もう少々お待ち下さいね。」

キョーコのキューティハニースマイルが社の心を救うのだが、そのすぐ後ろに現れた笑み崩れた蓮に、またもや社の口から残っていた砂が何故か流れ出る。

テキパキと食事を用意するキョーコとそれを手伝う蓮。
それを身動きすら出来ず、呆然と見守るしかない二人と、1人灰になっている尚。

目の前に並べられる料理はどれも美味しそうで食欲をそそるのだが、何故か社の食欲は激減する一方だ。

そして、何故だか分からない嫌な予感がヒシヒシと社を襲う。

その嫌な予感が的中したと悟ったのは、全ての料理が並び終え、セッセとセッティングをしていた二人が席に着く時だった。

「さぁ、おいで。キョーコ。」

「もう!本当に、信じられない。」

蓮が座って両手を広げたところへ、キョーコがプリプリと可愛らしく怒りながらも、何の躊躇いもなく蓮の膝の上に座ったのだ。

唖然とする三人を他所に蓮はキョーコに満面の笑みを向ける。

「だって、並んで座るのは狭いだろ?」

「そうだけど…。この定位置、皆の目がある分、いつもより恥ずかしいんだもん。」

頬を染めて蓮を睨み付けるキョーコの顔は、きっと誰の目から見ても可愛らしい。

蓮も直撃を受けて無表情になるので、キョーコはその蓮の無表情を見てふふふと笑い、むにっとイタズラっぽく蓮の頬を摘まんだ。

「キョーホ…ひゃにふゅるの?」

「くすくす。だって蓮さんがまた無表情になるから~。」

「それは、キョーコが可愛い顔をしすぎるからだろ。」

「もぅ!わかったからさっさと食べて下さい!!はい。アーン。」

キョーコは恥ずかしさを紛らわすため、一口サイズに切ったオカズを蓮の口に運んだ。

「どう?」

「うん。美味しいよ。やっぱりキョーコの料理が世界一だね。」

「ふふ。褒め過ぎよ。」

「今度はそっちのがいい。」

「はいはい。わかりました。」

蓮の口に甲斐甲斐しく食事を運ぶキョーコ。
途中ブランクはあったものの、ほぼ毎日のようにこの食べ方をしている為、二人共とても自然に、その不自然な食べ方をやってのけている。

三人が身動きも出来ずに、固まって二人を見てるのに先に気付いたのは蓮だった。

「あれ?皆さん、食べないんですか?どうしたんですか?そんなに固まって…。」

社と祥子はその声でハッと我に返り、真っ赤な顔で箸を持とうとするのだが、とんでもなく動揺している為か、上手く箸を持つことが出来ない。

何度も箸を取り落としながら、社と祥子がようやく持てるようになった頃には、蓮とキョーコは既に3分の2程の食事を終えていた。

尚はその間、一ミリたりとも動いていない。

しかし、その形相は魂の抜け殻から、鬼よりも恐しい般若の形相に戻っていた。

正面の席で堂々と見せつけるかのように食事を取る二人の姿が嫌でも視界に入る尚はプルプルと拳を震わせていた。

そして、キョーコの口の端に残ったソースに気付いた蓮が、ペロリと舐めとり、そのことに顔を赤らめたキョーコを見て、尚の中の何かがぷっつんと切れた。

ギンっと目を釣り上がらせて光らせ、その場で「おりゃぁああー!!!!」と力任せの卓袱台返しをすると、キョーコの作った料理が周囲にぶちまけられ、テーブルが何回転もしながら宙を舞った。

ガシャンと割れる食器や、グラス。

咄嗟にキョーコを蓮が庇う。

「きゃっ。」

「ちょっ、ちょっと!尚!!落ち着いて!!」

「あっぶな…」

キョーコと祥子と社がそれぞれ反応すると、蓮がゆらりと立ちあがり、尚を睨み付けた。

「貴様…キョーコの食事をよくも粗末にしてくれたな。」

「うるせーよ!!こんな茶番付き合いきれねぇよ!大体、キョーコもキョーコだぜ!!そんなわざと見せ付けるようなことしやがって、お前みたいに地味で色気のねぇ女が、こんな芸能界一のゴージャスターとか言われてる男に本気で思われるわけねぇだろうが!調子に乗ってんじゃねぇよ!!遊ばれてるってわからねぇのかよ!!お前の存在価値なんざ、俺の世話やくぐらいしかねぇんだから、とっとと目ぇ醒ましやがれ!!」

尚は怒りに任せた力で、キョーコの腕を引き、蓮の腕から奪い取って抱きしめた。

「お前には、俺だけなんだから、大人しく俺だけみてればいいんだよ。」

「は?!ちょっ…」

そのままの勢いで口付けようとしていた尚の行動は、蓮の手によって阻止された。

「二度目はないって…言ったよね?」

ドロドロとした真っ暗な闇色オーラを背負った蓮が、キョーコの口を庇う様に後ろから手で覆っていた。
キョーコの耳元でそう蓮がぼそりと呟くと、キョーコは目を見開いた。
固まったキョーコの身体を、蓮がそのまま引き寄せ尚から奪い返す。

蓮の手に口付けてしまった尚は一瞬何が起こったかわからず固まっていた。

驚いた尚が蓮をみると、蓮は仄暗い目で尚を見据え、「キョーコはお前のものじゃない。」といい、キョーコの顎をとりグイッと上を向けると、嫉妬に任せて強引に唇を奪った。

「んっ…ふぁ…や!」

あまりに強引な口付けに苦しくなったキョーコが思わず発した拒むような声に、蓮が目を見開く。

嫉妬に任せた強引なキスと、腕の中でもがくキョーコが、記憶をなくす前のあの時の光景と重なる。
そして、その後に恐怖に怯え泣き叫ぶキョーコの姿が蓮の脳裏に浮かんだ。

ーーー何で…俺はまた最上さんにキスを?!?!

混乱した頭で蓮は考えた。

ーーー最上さんに嫌われる!!!!

キョーコはキスをされながら、蓮の身体が急にガタガタと震え出したのがわかり、慌ててその身を引き蓮の顔を覗き込もうとした。

だが蓮は顔面蒼白でキョーコを見つめると、その場に頭を抱えて蹲った。

「いや…だ!思い出したくな…い。キョー…コ、も、がみさ…キョーコちゃん…」

「え?!蓮さん?!久遠?!!!しっかり、しっかりして!!久遠!!」

混乱して苦しそうに頭を抑え、蹲る蓮に、キョーコはオロオロとその場で狼狽え、蓮の顔色を見るために、慌てて屈んだ。

「キョーコ…ちゃんに、嫌われたく、ない…嫌だ…キョーコ…側に…俺の側に…キョーコ…」

キョーコは、蓮の言葉を聞いて堪らずに、蓮の頭を胸に抱きしめる。

「大丈夫。久遠。大丈夫だから、私はずっと貴方の側にいますから!」

某然とその二人の行動を眺める三人の目の前で、蓮はふっと意識を手放し、キョーコの胸にのしかかった。

その衝撃で、キョーコの胸元の蓮からもらった天使のネックレスの鎖がプツンと切れたのだった。


(続く)
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※Amebaで2012/02/02に公開した話を若干訂正したものです。

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